เข้าสู่ระบบカフェに到着した僕達は、店内の奥にある席を選んだ。周囲に他の客の姿はなく、相談事をするにはうってつけだった。
とはいえ、本当に彼女に相沢さんとの事を話してしまっていいのかどうか、今更ながらに悩んでしまう。
注文を取りに来た店員に、理沙さんは紅茶とイチゴのパフェを、僕はコーヒーをそれぞれ注文する。
「……それで、相馬さんは、何を悩んでるんです?」
店員の気配がなくなってから、理沙さんがたずねた。
「それは……」
口ごもる僕に、理沙さんは肩をすくめて、
「まあ大方、相沢先輩との事なんだろうけど」
と言った。
「え……どうして、それを……?」
僕は、警戒するようにたずねた。
「いやー、二人を見てれば、なんとなくわかりますよ。それに、あの人、昔から浮いた話でトラブってたし」
「え、昔から……?」
僕がそう口にした瞬間、注文していた商品が運ばれてきた。
「ごゆっくりどうぞ」と店員が離れると、理沙さんはきらきらと茶色の瞳を輝かせる。
「わあ、美味しそう! いっただっきまーす!」
と、パフェに口をつける。
満面の笑みでパフェを頬張る彼女を見ながら、僕もコーヒーに口をつけた。
「……それで、相沢さんが、昔から浮いた話でトラブってたっていうのは?」
「私、相沢先輩と同じ高校だったんです」
理沙さんは、パフェに向けていた視線を僕に向けて言った。
相沢さんは、昔からかっこよくて、男女ともに人気があったらしい。告白された数も多かったそうだ。理沙さんも、彼に告白した生徒の中の一人だったようで。
「まあ、それは置いといて。当時は、結構、押しに弱い方だったんじゃないかな? 断りきれずに、同時に複数の女子と付き合ってたみたいですよ。結局、それもバレちゃって、ほとんどの女子から無視されるようになったみたいですけど」
「そう、だったんだ……。だから、恋人は作らないなんて……」
僕がつぶやくと、
「え……先輩、そんな事、言ってたんですか?」
と、理沙さんが目を丸くして言った。
「……ええ。僕、相沢さんと体のお付き合いをしてたんです。でも、僕が彼を本気で好きになっちゃって……。告白したら、『俺、恋人は作らない主義だから』って断られまして……」
僕は、自然と理沙さんに相沢さんとの関係を打ち明けていた。ここまで明かすつもりはなかったのに。
「あの、アホ先輩! もっと他に言い方あるだろ!」
ぷんすかと怒りながら、理沙さんはパフェを頬張る。
「あ、いや、僕が答えを急がせちゃったから……」
「相馬さんは、悪くないですよ! ちゃんと、自分の気持ちを伝えたんだから! まったく!」
と、まだご立腹のようだ。
「それはそうと、理沙さんが告白した時、彼は何て言ってたんですか?」
「へ……? 私の時ですか? べ、別にいいじゃないですか。高校の時の話だし……」
「聞かせてください。僕達は、相沢さんを好きになった同志じゃないですか」
お願いしますと、僕は頭を下げる。
「もう……そういうの苦手なのに……。わかりましたよ。言いますから、頭上げてください」
渋々といった声音で、理沙さんが承諾する。
僕が顔を上げると、肩をすくめた彼女は、苦笑を浮かべていた。
「あの時、先輩は『もう女子はこりごりだ』って、『もしかしたら、男が好きなのかも』って言ってました」
記憶を思い出すように、彼女は遠くを見つめている。
どうやら、相沢さんは、過去のトラウマから恋人を作る事に恐怖を抱いているようだ。その頃から同性愛者だった可能性もある。
(もし、そうだとして……今の僕にできることは、何もないよな)
僕は、コーヒーを飲む振りをして、小さくため息をついた。
「……相馬さん。他にも、悩んでますよね?」
上目遣いの理沙さんが、そう鋭く指摘した。
「あ、いや、それは……」
動揺を隠しきれず、僕は言葉を濁す。
「えー? いいじゃないですか。私達は、同志なんでしょ?」
と、食い下がる理沙さん。
一本取られたと、僕は苦笑するしかない。でも、そのおかげで、遠慮しなくていいと思えた。
「理沙さん。改めて、僕の相談に乗ってもらえませんか?」
覚悟を決めると、僕は改まって理沙さんに頭を下げた。
「もちろん! そのために、ここに誘ったんですから」
理沙さんは、満面の笑みで大きくうなずく。
彼女は、本当に仲間なのだと勇気づけられた。
「それで、先輩と何があったんですか?」
もっと詳しく教えてほしいと、理沙さんが前のめりでたずねてくる。
僕はうなずいて、相沢さんとの関係を赤裸々に語った。もちろん、生々しいところは省いてだ。
「――それで、ベッドサイドに、ピアスが置いてあるのに気づいたんです。それも片方だけ。それが、誰の物なのかわからなくて……」
僕が言葉を切ると、理沙さんは考えるような素振りをした。
「それって、どんなピアスですか?」
「えっと……たしか、猫の肉球の形をしてましたね」
「猫の肉球……」
つぶやくと、理沙さんはあからさまに視線をはずした。
「理沙さん? 何か知ってるなら、教えてくれませんか?」
些細なことでもいいと、僕は告げる。
理沙さんは小さく息をつくと、
「……そのピアスの持ち主、うちの常連客です」
「……誰、なんですか?」
「それを聞いてどうします? 相手に殴り込みにでも行くんですか?」
「そんなこと――! ただ、ピアスが誰の物か、知りたかっただけで……」
「そうやって、自分に言い訳して、自分の本当の気持ちから目を背けてません?」
理沙さんに鋭く指摘されて、胸が痛い。
反論したくても、言葉が出てこない。
「図星って感じですね。それじゃあ、教えてあげられないなー」
そう言って、理沙さんは残ったパフェを味わっている。
「そう、ですよね……。こんな、後ろ向きな相談、迷惑ですよね」
自嘲気味に言って、僕は頭を下げた。
「あーもー! どうして決めつけるかなー? 私、迷惑だなんて言ってないですよ」
理沙さんが、ぷんすかと怒りながら告げる。
「すみません……」
小さく謝罪するけれど、前向きな相談なんて、今の僕には考えられなかった。相沢さんに振られたのは、事実なのだから。
「もう、そんなにしょげないでください。私は、相馬さんの恋を応援したいだけなんです」
と、理沙さんが優しく微笑む。
「……何だか情けないですね、僕。どうにも、独りよがりになってしまって……」
僕が自嘲気味に言うと、
「恋すると、誰でも情けなくなるもんなんです。だから、気にしないでください。それだけ、相手に本気ってことなんですから」
と、理沙さんが名言じみたことを告げた。
「情けなくなるのは本気の証拠、か……」
そうつぶやくと、沈んでいた心が少し軽くなった気がした。
「それで、相馬さんは、先輩とどうなりたいんですか?」
身を乗り出してたずねる理沙さん。何だか、瞳がきらきらと輝いているように見える。
「どうって……本音は、相沢さんの恋人になりたいんです。今の、体だけの関係じゃなくて、心も繋がりたい」
口をついて出た言葉に、僕自身が驚いた。相沢さんに恋をしている自覚はあったけれど、ここまで具体的には考えていなかった。いや、もしかしたら、自分が気づいていなかっただけなのかもしれない。
「なんだ、やっぱり諦めきれないんじゃないですか。そういう事なら、この理沙さん、一肌脱いじゃいますよ」
えっへんと、胸を張る理沙さん。怒っていたと思ったら微笑んでいたり、得意げになってみたり。ころころと表情が変わる。
「理沙さんって、なんか相沢さんみたいですね」
僕は、つい思ったことを口に出してしまっていた。
「えぇっ!? 私が、先輩に?」
驚く理沙さんに、僕はうなずいた。
「よく表情が変わるところが、特に」
「えー……なんか、嫌だなー」
と、理沙さんは口を尖らせる。
「嫌なんですか? かわいらしいのに」
「まあ、かわいいって言ってもらえるのは、うれしいですけどね。それより、相馬さんって、よく見てるんですね。先輩の事」
「それは、まあ……。男の僕から見ても、彼はかっこいい人なので。つい、目で追ってしまうんですよ」
「わかります! あのかっこよさに惹かれて、ついつい好きになっちゃうんですよね!」
うんうんと、理沙さんは何度もうなずく。
「ええ。それに、意地悪なことを言ってても、結局は優しいですからね。つい、甘えたくなってしまう」
言葉を重ねる僕の脳裏には、相沢さんの笑顔が浮かんでいた。
「ふふ、相馬さんって、本当に先輩の事、好きなんですね。……それで、さっきのピアスの持ち主なんですけど、本当に聞きます?」
と、理沙さんが遠慮がちにたずねた。
僕は、彼女を正面から見据えてうなずいた。あのピアスについて、知らなければいけないと思うから。
「傷つくことになるかもですけど……」
「それでも、教えてください」
僕が食い下がると、理沙さんは小さく息をついた。
「じゃあ、言いますけど……。そのピアスの持ち主、南波《なんば》秋彦《あきひこ》っていう人です」
「南波、秋彦……」
僕は、提示された名前をつぶやく。名前から察するに、その人物は男性だと思う。でも、相沢さんとはどんな関係なのだろう。もしかしたらと、嫌な予感がちらついて離れない。
「うちの常連客で、先輩の……お客さんです」
理沙さんは、言葉を濁した。おそらく、僕を思ってのことだろう。
「ありがとうございます。でも、そんなに気を遣わなくていいですよ。僕も一応、大人なので」
と、僕は理沙さんに微笑み返した。
当たってほしくない予感ほど当たるのは、世の常なのかもしれない。口では大丈夫だと言っていても、胸がちくりと痛む。相沢さんが僕以外の人と体を重ねている事実に、嫌悪感を抱いた。いや、違う。これは、嫉妬だ。僕の心に汚泥のように溜まる、どす黒くて醜いもの。
心が闇に塗りつぶされる前に、僕はゆっくりと息をつく。
「大丈夫ですか?」
心配そうに、理沙さんが声をかけてくる。
「すみません。……大丈夫、ではないですけどね。でも、どうしたら振り向いてもらえるのかな……?」
ぽつりと本音が漏れる。無理なのだろうかと、弱気になってしまう。
「うーん……でも、本当に脈がないわけでもないと思うんですよね」
「どういう事ですか?」
「相馬さんがお店に来なくなってから、先輩、あからさまに沈んでるんですよ。営業中は、得意の営業スマイルで誤魔化してたりしてるんですけどね。休憩中とか閉店後とか、もうウザイくらい」
理沙さんは、眉間にしわを寄せて肩をすくめる。
「そんなに……」
沈んでいる相沢さんを見たことがないので、信じられなかった。でも、あれだけころころと表情が変わるのだから、あり得ない話ではない。
理沙さんはうなずくと、
「いつもお客さんからの相談を受けて、そのまま成り行きで……っていうのが多いみたいなんです。でも、相馬さんの時って、先輩に声かけられたんですよね?」
と、確認するようにたずねる。
「えっと……確かそうだったような……?」
僕は、疑問形で答えた。正直なところ、あの時の事はあまり記憶にない。酔いつぶれて彼に抱かれたのだから、きっかけなんて覚えているわけがなかった。
「だとしたら、やっぱり、少なくても脈はあるはずなんです」
と、理沙さんが力強く言った。
彼女曰く、相沢さんが自分から誘うことはほとんどないそうだ。だから、彼から誘われた場合、脈があるということになるらしい。
「でも、それじゃあ、どうして『恋人を作る気はない』なんて……?」
「言葉通りだと思います、たぶん」
僕よりも相沢さんの事を知っている理沙さんの言葉だからこそ、信憑性はある。でも、断られたのは事実なわけで。
(僕は、いったいどうすればいいんだ?)
次の一手が思い浮かばず、僕は思考の袋小路に迷い込んでしまった。
「……相馬さん。先輩と、ちゃんと話し合った方がいいんじゃないですか? もちろん、気まずいのはわかってますけど」
おずおずと、理沙さんが提案する。
たしかに、話さないことには先に進めない。でも、彼に合わせる顔がないし、会うのが怖い。
「もし、一人で会うのが怖いなら、私が隣にいますから」
優しく微笑む彼女の笑顔が、とても心強く感じた。
「……すみません、お願いしてもいいですか?」
情けないけれど、彼女に頼るしかない。このまま、もやもやした嫉妬を抱え続いているのはしんどい。それに、相沢さんの真意が知りたかった。
「わかりました。それじゃあ、近々セッティングしますね。あ、連絡先交換しません? 日時が決まったら、連絡しますんで」
と、理沙さんはスマホを取り出した。
お願いしますと僕もスマホを取り出し、彼女と連絡先を交換した。もう逃げないと、心に誓う。
「ぁ……ごめん、汚しちゃった」僕は、荒い息のまま謝罪する。僕の足先の床に、白濁の液体が水溜りのように広がっている。「あぁ、別にいいよ。後で掃除するから。それよりさ、ベッド行こうぜ」「あぇ……ベッド?」「あんたのかわいい顔見ながら、イきたい。いいだろ?」竜希は、そうささやいて僕の耳たぶを甘噛みする。「ん……っ! ぁ……少しだけ、じゃなかった?」「満足させてくれって言ったのは、あんただぜ?」くつくつと笑う竜希は、僕から自身を抜いた。「ひぅ……」ずるりと引き抜かれる感触に、思わず声が出てしまった。「こんなんじゃ、まだ足りねえだろ?」妖艶に告げる竜希に、僕は無言でうなずいた。「だよな。おいで」彼にうながされてベッドに向かうと、優しく押し倒された。「佳晴さん、かわいい。ずっと、俺だけ見てて」竜希はそう言うと、僕の返事を待たずにキスをした。優しく甘く温かいキスに、ゆっくり溶けてしまいそうだ。(僕だけ見てて、竜希……)独占欲にも似た感情が、胸の中に溢れてくる。息が苦しくなるのも構わずに、僕達は貪るようにキスをする。呼吸の一つ、唾液の一滴さえも逃したくないくらいに夢中になっていた。「んぁ……」甘くとろけた吐息が漏れた。舌もしびれている。(このまま、キスしていたい……)ぼんやりとそんな事を思っていると、竜希の唇がふっと離れた。名残惜しくて目を開けると、竜希は瞳をギラつかせていた。本能むき出しの姿に雄を感じて、心臓が跳ねる。同時に、僕自身が硬く反り勃ち、腹の奥が疼いた。「た、つき……」もたつく
注文していたピザが届くと、僕達はいつものように向かい合って食卓を囲んだ。僕の前にはアスパラとベーコンとコーンが乗ったピザが、竜希の前にはペパロニがたくさん乗ったピザが置かれている。いただきますと言って食べ始める。シャキシャキとしたアスパラの食感とベーコンの塩気、それにコーンの甘味がちょうどいい。「佳晴さんのも美味そうだな。一切れちょうだい」「いいよ。そっちの、一切れもらっても?」「もちろん」と、互いのピザの一切れを交換する。もらったピザを一口食べると、ペパロニ独特の肉の味とチーズのコクが口の中いっぱいに広がった。「これも美味しいな」「だろ? 一番好きなピザなんだよね。こっちはどうかな、と。……美味い! これ、好きだ」アスパラベーコンのピザを一口食べると、竜希の顔に満面の笑みが咲いた。「よかった、気に入ってもらえて。このピザ、僕のお気に入りなんだ」「じゃあ、よく頼むんだ?」「うん。たまに、別のを選ぶけどね。期間限定のとか、クアトロフォルマッジとか。でも、結局これに戻っちゃうんだよね」「ああ、それは確かにわかるかも。食い飽きない味だもんな、これ」言いながら、竜希はその一切れを頬張る。そんな彼を見て、ほっとすると同時に笑みがこぼれた。誰かと好きな味を共有できることが、とてもうれしい。それに、自宅で食べるピザよりも、格段に美味しい気がする。(これも、竜希と一緒だからかな)なんて、自然と彼に視線が行く。「どうしたの? そんなに見つめてくれちゃって。もしかして、もう一切れ欲しい?」小首をかしげて、竜希は自分のピザを指さした。「違うよ。竜希と一緒だから、ピザが美味しいなって思っただけ」僕は、わずかの逡巡、思ったままを伝えた。「……そっか。それなら、よかったよ」と、竜希はにやりと口角を上げる。けれど、爽やかな笑顔とも妖艶なそれとも違う。少しだけ、揶揄いが含まれているような感じがした。
カフェを出た僕達は、真っ直ぐアパートへと向かった。その間も、竜希は当然のように愛をささやいてくる。聞いているこちらが恥ずかしくなるくらいの甘い台詞だ。でも、うれしすぎて自然ににやけてしまう。「もうわかったから、やめろって」「嫌だね。俺がどれだけ佳晴さんを愛してるか、ちゃんと理解してもらわなきゃ」「理解してるから。変に嫉妬して、悪かったよ」「別に、それはいいよ。俺だって、嫉妬してもらえるのはうれしいからさ。でも、俺にはあんたしかいないの。他の奴なんかどうでもよくなるくらい、佳晴さんに惚れてるの。もう、あんたなしじゃ、生きられねえんだよ」ねっとりと告げる竜希の言葉に、僕の体は熱くなり、自身は股布を押し上げるほど主張している。(まったく、運転中なのにな……)僕は、軽く息をついた。早く彼に触れたい、抱きしめたい。焦燥感にも似た思いが込み上げ、ハンドルを握る手に力が入る。もちろん、安全運転は心がけているけれど。「なあ、竜希?」「ん? 何?」「どうして、そんなに僕を口説いてるんだ? もう堕ちてるのに」「さあ? どうしてだろうな?」他人事のように竜希が言った。ちらりと見た横顔には、困ったような笑顔が浮かんでいる。「まあでも、俺があんたに伝えたいだけだから。そんなに、重く考えなくていいんじゃねえの?」明るい口調で問いかける竜希。確かに、深刻に受け止めなくてもいいのかもしれない。「そうだな。竜希が僕を好いてくれてるんだから、それでいいか」「おう。で? 佳晴さんは?」「え、僕?」「そう。俺の事、好き?」「もちろん好きだよ。貴方の隣を、誰にも渡したくないくらいにはね」平然と言ってのける。でも、内心は、顔から火が出るほど恥ずかしかった。今まで、こんな台詞を言った事なんて一度だってなかった。なのに、竜希が相手だと、言葉が自然と溢れてくる。僕にとって、彼はすでに特別な存在になっていた。
売店に戻ると、竜希に話しかけているらしい二人組の女性が目についた。(もしかして、逆ナンされてる?)胸の中に黒いものが広がる。同時に、指先が冷えていく。気持ちを落ち着かせるように、一度ゆっくり息を吐いた。「お待たせ」と、明るく竜希に声をかけた。「あ、佳晴さん」竜希は、助かったとばかりに顔をほころばせる。「僕の連れに、何かご用ですか?」女性陣に優しくたずねる。もちろん、笑顔を保ったままだ。「あ、いえ……おしゃれでかっこいい方だから、ちょっとお話を聞きたくて」と、ショートカットの女性が臆面もなく話す。「……あっ!」僕が口を開こうとした瞬間、もう一人の女性が声を上げた。見ると、トイレ前でぶつかりそうになった小柄な女性だった。「あぁ……先ほどは、すみませんでした」「いえ、私の方こそ、ちゃんと見てなかったので」「あれ? 佳晴さんの知り合い?」竜希が小首をかしげる。「いや、さっき、ぶつかりそうになってな」事実を端的に告げる。「あの! もしよかったら、この後、食事とかどうですか? 何か、お詫びしたくて」小柄な女性は、申し訳なさそうに告げる。実際にぶつかったわけではないから、そんなに気を遣わなくていいのだけれど。「すみません、お気持ちだけいただきます。僕達、デート中なので、これで失礼しますね」にこやかに、でもきっぱりと言うと、僕は竜希を連れてその場を離れた。科学館を出るまで、僕達は無言だった。竜希は、何となく気まずくて黙っているだけなのかもしれない。でも、僕の場合は違った。心の中に渦巻く黒い感情に、囚われていた。「佳晴さん」竜希に呼ばれたけれど、答えずに車へと向かう。「おい、待てよ。佳晴さん!」彼が何を言いたいのか、何となく分かるよ
デート当日、僕はアラームが鳴る前に目が覚めた。「……楽しみにしすぎだろ」と、自分に呆れる。でも、浮足立っているのは事実だ。(さてと。何を着て行こうかな?)なんて、恋する乙女みたいなことを考える。あれでもないこれでもないと悩み、ようやく服が決まった時には、起きてから三十分ほど経っていた。内心、焦りながら身支度を整える。ちょうど準備が整ったところで、呼び鈴が鳴った。玄関を開けると、竜希が立っていた。相変わらずかっこよく決めていて、胸元には銃弾のネックレスが揺れている。「おはよう、佳晴さん」「おはよう。約束の時間より、ちょっと早いんじゃないか?」自分の事は棚に上げて、竜希にたずねる。スマホの画面をちらりと見ると、約束の時間より十五分も早い。「あんたに、早く会いたかったから」竜希は、爽やかな笑顔で、恥ずかしげもなく答える。「――っ! それは、うれしいけど……」顔が熱い。竜希の顔をまともに見られない。「照れてる佳晴さん、かわいい。とりあえず、飯食いに行こうぜ」僕はうなずいて、彼とともに家を出る。迷わず自分の車へ向かうと、「佳晴さん? 今日は、俺が車出すよ?」途中で立ち止まった竜希が、車の鍵を見せて言った。僕は首を横に振って、運転したい気分だからと告げる。そういう事ならと、竜希は快くうなずいてくれた。車に乗り込んで、どこへ行こうかと話し合う。「んー、そうだな……ファミレスでいいんじゃね?」「じゃあ、プラネタリウム近くで、ファミレス探そうか」そう言って、プラネタリウムがある科学館近くへと車を走らせる。しばらく運転すると、馴染みのあるファミレスのチェーン店が見えてきた。駐車場に車を止め、店内に入る。昼時ともあって、明るい店内は賑やかだった。空いている席に座り、料理を注文する。しばらくす
「んぅ……ふ……」頭の芯が甘くしびれ、吐息が漏れる。いつもなら、このまま押し倒され、体を重ねる流れだ。でも、押し倒される気配はおろか、肌を滑る指の感触さえない。(まだ、しないのかな?)少し残念に思ってしまった。「……それじゃあ、いつ行こうか?」僕から離れると、竜希は何事もなかったかのように聞いた。「ぁ……えっと……」頭がぼうっとして、上手く働かない。そんな事よりも、もっと触れてほしくて竜希を見つめる。「ん? どうしたの?」妖艶な笑みを浮かべる彼に、じれったさを覚えた。「……したい」視線をはずして、ぽつりとつぶやく。思ったよりも拗ねた言い方になってしまった。「んー? 何をしたいのかな?」にまにまと煽る竜希に、「……もう! エッチしたいって言ってるんだよ!」噛みつくように言った。満足そうに笑う竜希。何だか、彼の思惑通りに動かされたような気がしてならない。「まだ決めてない事あるけど、いいの?」「よくない、けど……」ごにょごにょと口ごもる。キスをしたせいで、体が火照ってしかたがない。「なら、決めちまおうぜ。全部終わってからなら、抱いてやるよ」甘やかな誘惑に、僕は無言でうなずいた。深呼吸をして、湧き上がる欲望をなだめる。思考を一旦クリアにして、パソコンの画面に視線を戻した。プラネタリウム施設の開館日を確認する。「あれ? 月曜、休みなんだ?」隣にいる竜希が、残念そうにつぶやく。「そうみたいだね。もしかして、休み取るの難しい?」難しいなら自分がと言いかけるけれど、竜希は首を横に振った。「ああ、それは
(いや、まさか、そんな……あり得ないって!)一瞬、頭によぎった可能性を、僕は全力で否定してカクテルを煽るように飲む。ライチの爽やかな香りが、脳内をクリアにはしてくれる。けれど、目の前にある鍵の処遇については、何の解決策も浮かばなかった。僕は小さくため息をついて、他の席を眺める。カウンター席には、僕の他に一人の男性が座っていた。ボックス席の方に視線を向けると、カップルや友達同士らしい客が複数人いる。そんな中、一番奥の席に相沢さんの姿があった。(あ、いた!)
脳内に浮かぶ彼の指使いに合わせながら、僕は自身に指を這わせる。優しくなで、時に激しく上下させる。自分で触れているはずなのに、彼に触れられているように感じた。錯覚なのは、わかっている。けれど、彼に出会う前の自慰よりも快楽を感じていた。何度目かの絶頂の後、僕は荒い息のまま脱衣所に向かった。収まることを知らない下半身の疼きから、解放されたかった。肌に擦れる布の感触が、完全には引いていない熱を呼び戻す。敏感すぎる感覚を恨めしく思いながら、僕は服を脱いで風呂場に入った。熱いシャワーを頭から浴びていると、体内に残っている衝動がゆっくりと鎮まるのを感じた
意識が浮遊する感覚と少しの眩しさに、僕はゆっくりとまぶたを開けた。(ここ……どこだ?)知らない布団の感触に、ふと疑問に思う。視界に写るのは、窓から差し込む日光に照らされた、見覚えのある天井と壁。なのに、周囲にある調度品は、知らない物ばかりだった。「痛っ……!」頭が痛み、思考を邪魔してくる。昨夜は、行きつけのバーで飲んでいた。もしかしなくても、飲み過ぎたのだろう。久しぶりの二日酔いに、僕のテンションは急降下だ。とりあえずベッドから出ようとして、僕は違和感に気づいた。普段はあるはずの、布の感触がない。「……は?」布団の中を確認して、思わず、声が出てしまった。あり得ないことに、僕
よそよそしい彼の作り笑いが、仕事中も脳裏にこびりついて離れない。忘れようとして、ジムで汗を流す。けれど、彼の低く甘い声が、耳の奥にこだまして、忘れさせてくれない。自宅に帰ってからも、彼の幻影は消えてはくれなかった。『佳晴さん』ふいに、彼の甘えるような声音が蘇る。「……っ!」劣情を抱えた僕は、窄まりにも手を伸ばす。彼の手つきを再現するように動かすけれど、どこか物足りない。「相沢、さんっ……!」僕は、少し強引に欲望を吐き出す。すっきりしたはず